いたいけな主人(中里十、ガガガ文庫)

『いたいけな主人』(著:中里十ガガガ文庫)を読んだ。
一昨日感想を書いた『どろぼうの名人』のアナザーストーリー。
が、『どろぼうの名人』のような幻想的な雰囲気を予想して読んだら見事に裏切られた。
どろぼうの名人』の雰囲気が、登場人物以外の物理的な場所や背景を靄で包み隠してしまうような、極めて限定された空間を連想させたのに対し、この作品の雰囲気はあたかも引きの画で登場人物たちを見ているような気持ちにする。
前者が、事情のよくわかっていない少女を語りべとして物語られたのと違い、この作品は事情のよくわかっている人物が語り部だからだろうか。
舞台の背景の説明もあり、事情がわかるからだろうか。
説明だけが直接的なわけではなく、登場人物たちの行為もまた、『どろぼうの名人』と比べて直接的で、そしてエロティックだ。
いっぺん通りではない関係、プレイ。
百合という言葉で連想されるギリギリの淵にある(人によっては外側だと思うかもしれない)表現がなされる。
しかし、登場人物間でなされる感情の行き来は、たしかに百合的で、そしてそれは『どろぼうの名人』と比較しても遜色がない。
むしろヴァリエーションが多く、より深いように思える。
あらすじは説明がしようがない。
もししようとすれば、それなりの字数になってしまうだろうし、正確なあらすじなど不可能かもしれない。
ストーリーの流れよりも、メインの四人の登場人物の感情のぶつかり合いこそが物語であり、それは複雑で、しかもストーリーに沿って見なければ、それはありきたりな表面的で普通のモノになってしまうかもしれない。
そういう意味では、具体的でありながら、しかし読者はいつの間にか不思議な空間に迷い込まされる。
この魅力はいったい何ものなのだろうか。
語り部である光も、主人である陸子も、メイドの緋沙子も、メイド長の美園も、俗でありながら幻想的で、とらえどころが無い。
そしてそれぞれに揺れ動いている。
誰か一人を追ってしまえば、他の者を追えず、しかし全員に目を配ることなどできはしない。
ただぼんやりとその動きの集合を、幻影を見るように見るしかない。
そんな気分になる。

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どろぼうの名人』のMAD動画を見つけたのでURLを貼っておきます。
素晴らしいです。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9681715

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