どろぼうの名人(中里十、ガガガ文庫)

どろぼうの名人』(著:中里十ガガガ文庫)を読んだ。
以前、2ちゃんねるのスレッドでお薦めの百合小説として紹介されていて気になっていたもの。
非常に不思議な作品だった。
イラスト、文体、アイテム、設定の組み合わせが不思議な世界を作り出している。
主人公の佐藤初雪は、姉・葉桜のために古本屋の店主・川合愛の妹になる。
なぜ彼女が愛の妹にならなければいけないのかは明示されない。
舞台がおそらく現代でありながら、しかし現実の日本とは異なる状況におかれている。
千葉が独立した王国になっているとか、札幌に米兵がふつうにいたりとか。
そのことについての説明もない。
ただ、葉桜と愛はなにか大きなモノに関わっていて、お互いに相手の出方次第によっては命を落とすような危険がある。
だから葉桜は初雪を愛にさしだした。
携帯電話、澁谷、ツインテールなどの現代的な、そしてややサブカル的な記号があふれる一方で、初雪は自分の状況をラプンツェルに例えるし、状況説明はつねにキャラクターによって物語られる物語によってのみである。
もうすぐ15歳という設定のわりに明らかに幼い初雪のイラスト、初雪の一人称によって進む物語。
そしてときおり現れる明朝体の文章によって、この物語が現在のことではなく、未来の初雪によって語られているということがわかる設定。
繊細で、遠回しで、直接的ではない感情の描写。
まるでキャラクターの周り、半径数メートル以外は全てモヤが掛かっているかのような印象をうける。
キャラクターしかいない世界。
それぞれが塔の中のお姫様。
幻想的で、儚い。
愛と初雪、初雪と愛の娘の文、描かれる表現もそこでなされる行為もむしろやわらかいモノなのにも関わらず、しかし淫靡なものに感じられてしまう。
この雰囲気を表現するのは難しい。
現代の童話、という言い方はある程度当たっているような気もするが、しかし明らかに間違っている。
夢うつつで見ている古い映画のような、破天荒でそれでいて妙にリアルな夢のような。
この物語自体が夢だと言われたら、納得してしまうだろう。
そしてときおり思い出しては懐かしむ。
それほど掴みどころの無い、しかし忘れられない不思議な物語だ。




どろぼうの名人
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